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アフターコロナ時代のお寺「安易な『お寺×リモート的発想』は地方性を否定することになる」

2019年11月に中国・武漢市で「原因不明のウイルス性肺炎」として初めての症例が確認されて以降、中国から世界へと爆発的に感染が広がった新型コロナウイルス。

感染の波は少しずつ緩和されてきているようにも見えますが、この感染症は世界のあり方を大きく変えてしまいました。

実際に個人レベルでは、Zoomなどを活用したオンライン飲み会が普及し、「集まる」という概念が「場所の共有」から「時間の共有」へと大きく様変わりすることとなります。

そこで今回はコロナ時代におけるお寺のあり方や役割についてお話ししようと思います。

そもそも新型コロナウイルスが蔓延する以前から、お寺は有事の際のライフラインとして地域と共にありました。

東日本大震災においては、東北のお寺では物資提供や敷地の開放などによって社会的に大きな役割を果たしてきたのです。

ところが、これまで対面的人間関係を基盤としてきたお寺は、今回のコロナ禍において今のところそこまで大きな社会的役割を担えておらず、リモート的な発想ができないでいます。潮音寺もその意味では同じです。

ニュースでご覧になった方もいらっしゃるかもしれませんが、コロナ禍の影響で帰国できなくなってしまった在日外国人をお寺に招くといった取り組みをされたお寺もあるようです。

しかし、全国に7万のお寺があっても、このように積極的な取り組みをされているお寺は少数派だと言えます。

事実、潮音寺でもソーシャル・ディスタンスや消毒に配慮して坐禅会を開催していましたが、しばらくの間は休会という形をとり、多目的ホールを活用して開催を予定していた音楽イベント、音楽教室、体操教室なども現時点では基本的に全て中止となりました。

東日本大震災の際には、本来、避難所ではなかったお寺を積極的に地域住民に解放していましたが、今回のコロナに際しても何か活用方法があるのであれば潮音寺としては積極的に敷地を解放して地域に貢献すべきと考えています。

現時点では地元のフードバンクに対する物資の寄付に協力させていただくなど、従来の寄付活動を始めとした活動を行いつつ、コロナ禍においてお寺ができることを模索しているところではあります。今後はZoomなどを活用したリモート的な活動も検討しているところです。

実は私は大学で教鞭にたつ立場から、現在は学生に対してリモートで授業を行っているのですが、100人近い仏教学の授業でも驚くほど反応が良いのです。

実際に学生にとったアンケートを見てみると、「通学時間がない」「移動を伴わないので安全性が確保される」「席の位置によって黒板の文字が見えないことがない」「教員の声がよく聞こえる」といったメリットを感じている学生が非常に多いことに気づかされました。

もちろん対面授業の方が良い部分もたくさんあることは事実でしょう。しかし、予想以上の評判の高さに正直驚いているところです。

今の時代は若い世代に限らず、あらゆる世代の方々が常にスマートフォンを身につけていますので、そうした受け手の状況を考えると、将来的にリモート的な発信はお寺として考えざるをえないと考えています。

一方でリモートによる発信に対して慎重になっている部分もあります。リモート的な発信は地域を超えて日本全体への発信となり、それ自体が地方性を否定することになるのかもしれないからです。

地方のお寺は地元を基盤に活動していますから、リモート的な発信が浸透することによって、地方のお寺が今後急速になくなっていく事態も想定されます。

その意味では、地方のお寺は「リモートによる利便性」と「地域性の否定」というジレンマと向き合わなければならないと言えるでしょう。お寺はこうした内部の問題に向き合うと同時に、これまで同様、外部の世界ともしっかりと向き合っていかなければなりません。

世間ではコロナによって大切な人をなくしたり、自粛によって会えなくなる、あるいは失業するなど、精神的に辛い時間を過ごしている人が増えています。

これらは一人一人の僧侶、あるいは仏教だけではない宗教者として、常に向き合うべき課題であり、それぞれの僧侶や神父様が、死や生活苦、精神的悩みについて臨床的に接しているところです。私個人としては、私自身が仏教系大学の教員ですので、日々、様々な雑誌や学内の新聞等で発信の機会をいただいています。

一般傾向としてこれからお寺離れがさらに加速し、お寺がこの先減少していく時代であると思います。「仏教は求めるが、それはお寺や僧侶を通じてではない」という声も少なからず耳にします。

そんな時代において、お寺も僧侶も今までのようなあり方では、将来的にお寺を維持することは難しくなってくるでしょう。

そんな時代だからこそ、潮音寺ではこれからのお寺のあり方について模索を続け、今後も情報発信に努めたいと考えています。

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